常用漢字

『計量国語学会』22巻4号掲載

ノート
常用漢字と地名
                                草 薙  裕

  ノート ディスクリプタ:常用漢字 都道府県名 市町村名 表外漢字 人名漢字 JIS漢字 延べ字数 異なり字数

1.はじめに

 本稿は、地名(県市町村名)と常用漢字の関係を明らかにすることを目的にしている。常用漢字表(1945字)は、「・・・法令、公用文書、新聞、雑誌、放送など、一般の社会生活において、現代の国語を書き表す場合の漢字使用の目安を示すものである」とされている(前書き1)。ところが、同時に「・・・固有名詞を対象とするのではない」となっている(同3)。したがって、上記の漢字使用の場、特に新聞や雑誌で使用されている漢字には常用漢字以外に地名や人名に用いられている漢字がかなり多く出現していることが予想される。そこで、固有名詞の内、全国の都道府県名(以下「県名」と略す)と市町村名に使用されている漢字が、「小学校学習指導要領(国語)」の学年別漢字配当表、それ以外の常用漢字、人名用漢字、それ以外のコンピュータのJIS第1水準および第2水準の漢字注1のどこに分布しているかを調査した。

 地名の漢字が学年別漢字配当表になければ、小学校の国語では習っていないことになり、小学校を卒業した段階では、その漢字が必ずしも認識できないということになる。「認識」とは、その漢字の形や意味が分かるということで、その漢字が正確に読めるということではない。たとえば、北海道の「長万部町」の「長」は小学校2年に配当されているが、「おさ」という読みはあるが、「おしゃ」はなく、したがって、「おしゃまんべ」とは読めないことになる。

 調査はまず、国際地学協会の『最新県別日本地図帳』(1998)の索引(同年初頭現在のこれらの地名を網羅している)にある都道府県市町村名注2すべてに用いられている漢字それぞれが、次の漢字の分類のどれに当たるかを調べた。注3なお、地名の中には「つくば市」のように仮名が用いられているものがあるが、これは統計の対象にしていない。

1.学年別配当表1年(教育1と略す)

2.同2年(教育2)

3.同3年(教育3)

4.同4年(教育4)

5.同5年(教育5)

6.同6年(教育6)

7.上記以外の常用漢字(常用)

8.人名用漢字注4のうちJIS第1水準に含まれるもの(人名1)

9.それ以外の人名漢字(第2水準に含まれる)(人名2)

10.上記以外のJIS第1水準漢字(水準1)

11.上記以外のJIS第2水準漢字(水準2)

 分類したものをそれぞれ漢字の延べ字数、その割合、累積率、さらに漢字の異なり字数、その割合、累積率を表にしたのがそれぞれ、表1、表2である。なお、パーセントは小数点以下2桁目を切り捨ててある。


2.統計的に見た地名漢字と常用漢字の関係

 まず、二つの表を比べてみると、延べ字数と異なり字数の「常用」までの累積率の差(表中にはポイントが出ていないが、延べ字数の累積率から異なり字数の累積率を引いたものを計算した結果)が、県名を除き、市名(12.4ポイント)、町名(14.0)、村名(9.7)と大きな差がでていることである。これは、これらの地名で、常用漢字が多く重複しているのに対して、それ以外の漢字(表外漢字)は頻度数が少ないということになる。一方、県名では、延べ字数の累積率と異なり字数の累積率の分布がほぼ同じになっている。これは総字数が他に比べて少ないためだと思われる。

 さて、「常用」までの累積率を見ると、延べ字数で県名が85.7%、市名が91.7%、町名が89.6%、村名が91.7%であり、異なり字数では、県名が84.9%、市名が79.3%、町名が75.0%、村名が82.0%となっている。このパーセントは常用漢字だけを学習したとして、漢字が認識できるものであるが、この、91.7%から75.0%が大きいか小さいかは意見が分かれるところであろう。大きさの順では、大きい方から、延べ字数で、市と村、町、県であり、異なり字数では、県、村、市、町である。県名は前述のように総字数が少ないので、出入りが激しいが、その他では、村名にはユニークなものが多く、常用漢字以外の漢字(表外漢字)が多く用いられていると予想されたのに反して、村名の累積率が他に比べて大きいのは意外であった。逆に、町村などの合併で、比較的新しい名前が多いと思われる市名が、累積率が他に比べて低いのも注目に値する。例えば、茨城県の「鹿嶋市」のように、「鹿島町」が市になった際、すでに佐賀県に「鹿島市」があったため、漢字を捨てて(「島」でなく「嶋」にした)、音を取ったなどのように、ことさら表外漢字を採用しているようなことがある。人の赤ちゃんが生まれたとき、名前は常用漢字か人名漢字以外は戸籍への登録が許されないのに、行政単位としての地名の漢字は全く制限がないのも不思議な話である。

 学年別配当表の各学年を見ると、延べ字数では、教育1から3までにかなり集中しており、教育3までの累積率が延べ字数ですでに60%を超えている(町名だけは59.3%)。しかし、異なり字数では、58.9%(県名)から33.8%(町名)とばらつきがある。

 ついでながら、水準2の漢字は人名2も含めて、ごく僅かであるのは、JIS第1水準を制定したときに地名を考慮したことの現れであろう。


3.地名に用いられている表外漢字

 地名に用いられている表外漢字を考察すると、意外に気付かれていないことがある。県名の中の表外漢字は人名1が「熊、鹿、奈、媛、梨」の5つ、水準1が「茨、岡、阪、埼、栃、阜」の6つだが、「熊、鹿、梨、岡」など、ことさら、地名でなくごく普通に使っている漢字がここに現れている。おそらく普通一般の人はこれらの漢字が表外漢字であるという認識はほとんどないのではないか。このことは、常用漢字表の「前書き」にはないが、当用漢字表の「まえがき」の「使用上の注意事項」に「動植物の名称は、かな書きにする」という項があり、我々がごく自然に日常生活で使っている動植物の名前の漢字が常用漢字に少ないことによるのであろう。

 さて、本調査の県名、市町村名の中の表外漢字の出現数が多いものを次にあげる。

  岡*  49

  伊   34

  鹿   31

  須   19

  之   18

  阿   17

  庄   15

  那   14

  奈   13

  藤   12

  熊   11

  笠*  11

    (*が付いた漢字は水準1、それ以外は人名1)

これらの漢字を知らない人は少ないと思われる。それにしても、これだけ多くの地名に用いられている「岡」(県名にしても静岡、岡山、福岡と3県も入っている)が表外漢字であるのは不思議である。


4.おわりに

 本稿では、地名が常用漢字でどのような「扱い」を受けているかを調べた。そして、常用漢字なら「認識」できるはず、表外漢字なら「認識」できないはず、という議論をしてきた。これはあくまでも理論的なものであり、我々はいろいろな機会に漢字を取り込んでおり、学校で習うかどうかはことさら問題にしなくてもいいのかもしれない。常用漢字表にありながら書けない漢字もあることは事実で、次の調査では皮肉な結果が出ている。この調査は筑波女子大学で筆者が担当している「日本語学(文字)」の授業で行った漢字のテストである。このテストには、県庁所在地名に使われている表外漢字「幌、岡、阜、阪、奈、熊、鹿、那」の6つを含む「札幌、盛岡、岐阜、大阪、奈良、熊本、鹿児島、那覇」が書けるかどうかを42名の学生を対象にテストし、それぞれ漢字1字が書けているかどうかで集計した。上記の漢字の中で全員正解表外漢字は「岡、奈、熊」であり、全体の正解率が82.6パーセントであったが、意外にも、常用漢字である「覇、岐」を書けない学生がかなりいた。とくに「覇」は表外漢字を凌ぎ、書けない漢字第1位であった。正解率の悪い漢字は、

   覇* 11.2%

   阜 38.1

   岐* 50.0

   幌  54.8

   那  69.0  (*は常用漢字を示す)

このことからも常用漢字だから使える、表外漢字だから使えない、とはいえない。

 ただ、常用漢字1945字で我々日本人の言語生活における漢字がすべてであるような錯覚は正すべきで、われわれはそれ以外にも日常使っている漢字が多く存在することを知るべきであろう。とくに、外国人に対する日本語教育では常用漢字だけを学習しても地名に多く現れる表外漢字がわからないと駅で切符も買えない事態が起こることも十分考えるべきであろう。

 本調査は筑波女子大学国際学部で筆者が担当している2年生のプレゼミで行ったものである。データの制作、結果の検討に関わった次の学生の名前を記しておく。飯田真寿美、岩本欣子、上野明日香、円城寺ルミ子、大森希仁子、窪田真美、白戸貴子、町田綾子。

表1

延べ字数

       県                        市                          町                         村
             数     割合     累積率    数   割合   累積率    数   割合  累積率      数   割合     累積率
教育1    22   22.4%   22.4%     356   28.8%   28.8%  1083  25.4%  25.4%   356  28.8%   28.8% 
教育2    21   21.4%   43.8%     256   20.7%   49.6%   897  21.1%  46.5%   256  20.7%   49.6% 
教育3    18   18.3%   62.2%     165   13.3%   63.0%   541  12.7%  59.3%   165  13.3%   63.0% 
教育4     6    6.1%   68.3%      74    6.0%   69.0%   284   6.6%  66.0%    74   6.0%   69.0% 
教育5     5    5.1%   73.4%      59    4.7%   73.8%   254   5.9%  71.9%    59   4.7%   73.8% 
教育6     2    2.0%   75.5%      48    3.8%   77.6%   130   3.0%  75.0%    48   3.8%   77.6% 
常用     10   10.2%   85.7%     173   14.0%   91.7%   622  14.6%  89.6%   173  14.0%   91.7% 
人名1     6    6.1%   91.8%      44    3.5%   95.2%   227   5.3%  95.0%    44   3.5%   95.2% 
人名2     0    0.0%   91.8%       0    0.0%   95.2%     2   0.0%  95.0%     0   0.0%   95.2% 
水準1     8    8.1%  100.0%      53    4.2%   99.5%   200   4.7%  99.7%    53   4.2%   99.5% 
水準2     0    0.0%  100.0%       5    0.4%  100.0%     9   0.2% 100.0%     5   0.4%  100.0% 


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表2

異なり字数

              県                        市                          町                         村
             数     割合     累積率    数   割合   累積率    数   割合  累積率      数   割合     累積率
教育1    14   19.1%   19.1%     59   12.8%   12.8%     63    8.8%    8.8%      49   12.2%   12.2%  
教育2    18   24.6%   43.8%     71   15.4%   28.2%     97   13.6%   22.5%      66   16.4%   28.6%  
教育3    11   15.0%   58.9%     60   13.0%   41.3%     80   11.2%   33.8%      47   11.7%   40.3%  
教育4     5    6.8%   65.7%     40    8.6%   50.0%     65    9.1%   42.9%      37    9.2%   49.6%  
教育5     4    5.4%   71.2%     34    7.3%   57.3%     53    7.4%   50.4%      27    6.7%   56.3%  
教育6     1    1.3%   72.6%     21    4.5%   61.9%     39    5.4%   55.9%      14    3.4%   59.8%  
常用      9   12.3%   84.9%     80   17.3%   79.3%     136   19.1%   75.0%      89   22.1%   82.0%  
人名1     5    6.8%   91.7%     37    8.0%   87.3%      59    8.3%   83.3%      26    6.4%   88.5%  
人名2     0    0.0%   91.7%      0    0.0%   87.3%       1    0.1%   83.5%       0    0.0%   88.5%  
水準1     6    8.2%  100.0%     55   11.9%   99.3%     109   15.3%   98.8%      42   10.4%   99.0%  
水準2     0    0.0%  100.0%      3    0.6%  100.0%       8    1.1%  100.0%       4    0.9%  100.0%  

 1 JIS X 0208:1997を用いた。

 2 これらの地名の他、支庁、郡、区名も含まれているが、本稿では省いた。

 3 常用漢字に含まれる漢字で表外字体を用いているところがある。たとえば、「龍ヶ崎市」(茨城県)などは「龍」を、「竜洋町」(静岡県)などは「竜」を用いている。これらは別の漢字として処理した。

 4 平成9年12月の法務省令によるもの。