草薙裕の近況

  ホームページの再開

 一時、ホームページを休止していましたが、この度、再開しました。

 休止したのは、昨年(2011)の7月で2008年の1月から勤めてきた台湾の大葉大学の講座教授を辞し、日本へ帰国したからです。

 大学院の研究科長や学科主任がなんとしても辞めないでほしいと慰留してくれたので、もっと長く続けたいと思っていましたが、大學の招聘の手続きが遅れ、前年に受けた胃癌の手術の日本での術後検査や白内障の手術の日程に間に合わず、大學を選ぶか、自分の健康を選ぶかの選択に迫られ、結局、後者を選びました。

 前述の胃癌の手術とは、2010年の1月に人間ドックで胃癌が見つかったのです。最初は内視鏡(胃カメラ)で摘出できるだろうということで実行し、癌はすべて取り除いたのですが、癌がわずか0.5ミリ(まさしく顕微鏡的値!)深すぎたため、10%以下の確率でリンパに転移している可能性があるとのことで、思い切って切開手術を受けたのです。

 手術は無事に終わり、転移や再発もありませんが、胃を2/3取ってしまった影響は大きく、体重が11キロ(全体重の1/5)減り体力がかなり落ちました。今も落ちた筋肉の回復に努めています。

 今は隠居の心境ですが、自分の時間が増えたので、この「近況」の欄を充実していくつもりです。 (2012年5月25日)

   

台湾通信

 前のホームページに「台湾通信」として載せていたものを下記に置いておきます。

 台湾の大学生たち

 台湾人、特に若者たちは、我が物顔に道を歩いていて、決して道を譲ろうとしない。

 先日も大学で、私が内側からドアーを開けて外に出ようとしたら、外から学生が入ってきて私にはまったく見向きもしないで、さっさと部屋に入ってきた。もちろん、なかには、必ず止まって道を譲る、私の学生や日本語専攻の学生もいることはいるが、絶体少数派である。

 私は台湾が老人を大切にする国だと思っていた。事実、それを示す社会のシステムもある(近く発表する「敬老券」を参照のこと)。私の学生たちは、大学院生であろうと学部の学生であろうと非常に親切で、いろいろと気を使ってくれる。

 しかし、前記のドアーや道での猪突猛進は理解できない。乗り物で席を譲ることに関しては込んでいる公共電車やバスに乗り合わせたことがないので分からないが、大学の学内バスでは席を譲られたことはない。私の住んでいる教員宿舎の近くに大きな女子寮がある。ここが学内の数ある急な坂の一番高いところにあるので、学内バスが込んでいることが多い。このバスは遊覧車のようになっていて、サイドドアーがないので、立っては乗れない。私の同僚は学生が席を譲ってくれるだろう、というが、自分が立ったらバスに乗れないから(バスは30分に1本)、決して譲らない。ただ、席を詰めてスペースを作ってくれはするので多少の善意はあるのだろう。

 私は台湾の若者を批判するつもりでこの文章を書いているのではない。ありのまま、感じたままを書くのが私の役目だと思っている。批判をするとしたら、台湾の学生より日本人の大学生や高校生の方がはるかにたちが悪い。バスの中で立っている人がいるのに平気で鞄を座席において居眠りをしている学生を見ないことはないくらいだ。

 ただ、短い経験ではあるが、このようなことは韓国では決してあるまい。

 まあ、躾とか教育は難しいものだ。 (2009年7月10日)

<追伸>

 この文章を書いてから数ヶ月経ってしまった。発表しなかったのはもうすこし観察しようと考えたからだ。案の定、学内バスで立て続けに席を譲ってくれる女子学生が現れた。もちろん満員バスである。譲ってくれた学生は自分の席がないわけだが、行く先は友達の膝の上。なるほど、席を譲ってくれた後の行き先がなければ譲りたくとも譲れない。善意の行使にも条件がいるのだ。それを無視していた前文は間違いであった。さわやかな気持で間違いを訂正するのはうれしい次第だし、異文化の観察は注意深く時間をかけねばならないと反省する次第だ。  (2009年12月15日)

 亭仔脚

 台湾の名物の一つに亭仔脚なるものがある。商店街のそれぞれに店が店先のスペースを共用の空間にし、その上に二階の一部を迫り出しさしているものである。これは南国の台湾にとって非常に貴重なものであるはずで、雨が降ってもここに飛び込めば濡れないで買い物が出来るし、夏の炎天下には日陰になる。

 ところが、最近の台湾では、この亭仔脚にパイクが我が物顔に駐車してあったり、店の陳列台や屋台が堂々とスペースを占めている。さらに、各店舗が隣のことを考えないで、勝手に足場を高くしている。そこで亭仔脚を歩いているとやたらと段差が目立つ。

 今、私が教えている大学の近くの員林という町を歩いているとき、後ろの方で「ペシャ」という、何かが叩きつけられたような音がした。やったなと振り向くと案の定後ろを歩いていた家内がタイルの上に四つん這いになっている。台湾にはあまり馴染みのなかった家内に十分に注意していたのだが。幸い怪我がなくよかったが、油断もすきもない。

 この辺のことは台湾人の、周りの人のことを気遣わない性格あるいは文化が覗いているように思える。自国の文化を大切にしたり、自分の老後を考えてもっとバリァーフリーに関心を寄せればいいのにというのは外国人のお節介か。  (2009年12月12日)

 自然の威厳

 今年(2009年)の5月に若い同僚の教員や大学院の学生など私たち夫婦を含めて総員9人が2台の車で南から東を旅行した。

 台湾は日本と逆で、繁栄しているのは西側で、東側は大きな町もなく自然の宝庫である。

 特に感銘を受けたのは花蓮という町の郊外にある太魯閣(タロコ)峡谷である。まさに自然そのものである上、天にも届けといわんばかりの山と大木、下方は大理石の大きな岩がごろごろしており、谷底を流れる川は空の色を受けて透き通った薄青色を始めいろいろの青色で輝いている。 まさに自分が自然の真っ只中に置かれたという感じであった。

 その自然を観賞するために多くの工事犠牲者を出しながら道路を造りトンネルを掘って人間がその自然に入れるようにしたのだ。この自然の荘厳さに触れ、人間が自然を犯していいものかと疑問に感じたのははじめてだった。

 人間の開発のお陰で私もこの自然の壮大さに触れられたのだから、この開発は自然の破壊だというのも矛盾を感じるが、自然は自然のままにすることも大切ではないだろうか。  いままでは人間がいろいろ自然を破壊し、いまさら消費エネルギーを削減しようとどこかの国の首相が国連でぶち上げるなど遅いよ、と言いたい。  もう道をつけて自然に押し入ってしまっているのだから、この自然に触れて自然の壮大さに触れ、自然をそのままにしよう、自然を侵す権利は人間にはないと理解するようになってほしい、というのが私の実感であった。  (2009年10月1日)

前ページに戻る