草薙睦子

北京のデパートにおける異文化理解

 

                            草 薙  睦 子

 私は、北京の郊外にある友誼賓館に泊まっていた。そこから十分も歩けばデパートが二つもあり、日常の買い物はこと足りていた。が、二つだけとつき合っていては北京の市場を知ることにはならないだろう。北京市は日本の四国がすっぽり入るほど広大、という。ましてや、街全体が「改革開放」に息づいており、私が頭に描いてきた北京とは段違いなのだ。

 そこで、「西単百貨商城」を目当てに西単に出かけた。市の中心をなす繁華街にあり、北京四大デパートの一つでサービスのよさを誇り売上は北京随一だそうだ。

日本でもシルクが大流行だが、本場の絹を見ようと婦人服売場に向かった。広いフロアーをさっと見渡しただけでも、品数、種類の豊富さに度肝を抜かれる。

 ふと、淡い黄金色のズボンが目に止まった。高い天井から照らされた柔らかい明かりに絹ならではの光沢が美しくさえる。踝のあたりでキュットしまるシルエットはふくよかさをかもしだし、アラビアンアイトをイメイジさせる。今まで黄色系のものは敢えて遠ざけてきたはずなのに、手にとって見れば見るほど素敵だ。320元とは申し分なし。日本円にして五千円にもならない。高まる気持ちを抑えてサイズをチェックする。いささか膨らみが誇張しすぎると思っていたら、「L」だ。これだけが気にかかる。       

 身体にズボンを合わせていると、一人の店員が近寄ってきて、すぐ後ろにある試着室に案内してくれた。彼女はノックもせずにドアをあけた。

 先客がいる。若い女性だ。びっくりして後ずさりする私に、店員は何やら一言いいながら入って大丈夫と目で合図を送ってくれた。

 見ず知らずの人と畳半畳ほどの密室で二人になった途端、彼女はちらっと私を見ただけでブラジャーとパンティだけになり、等身大の鏡の前で試着を始めた。私はズボンを手にしたまま視線をフロアーに落とし、直立不動になって彼女が出て行くのをひたすら待っていた。一人になってホッとしたのも束の間で、お次が入ってきた。私はそっと視線を隣に移した。やってる、やってる。彼女のプロセスも先ほどの女性と大差ない。さっさと出ていった。

 ようやく広くなったスペースで、私は初めてズボンをはいてみた。やっぱり大きすぎるが、諦めるのには惜しい。中国語が話せない私はズボンをはいたまま、  メイヨー 紙切れに「M」と書いて店員に見せた。返事は「没有」だった。

 私と店員とのやりとりは、二、三分もかからなかった。周りに居合わせた中国人の客たちが十人ほど集まってきた。私と彼女をとり巻き、それぞれ何かを言い出したのだ。こんな場に出くわしたのは始めてだ。四声を持つ中国語はそれでなくても強く響くのに、今はことさらである。中国語ができぬ不自由をもろに被りながら、この場を一刻も早く抜け出したい衝動に駆られた。また、なぜ私が思いがけないことで、渦中の人になっているのかを知りたい気持ちがつのってきた。

 私は店員に「イングリシュ」と繰り返した。彼女はどこかに姿を消した。その間も彼らは散らばる気配もなく仲間同士でわいわい騒いでいるのだ。

 やがて片言英語が話せる店員が現れた。「ズボンが大きすぎる」「買ってはだめだ」「高いもの」と口ぐちに言っているのだと分かった。

 中国では、五百元がサラリーマンの一か月の平均収入といわれている。彼らが大騒ぎするのも無理からぬことだが、お節介といおうか、世話好きといおうか、いずれにしても好奇心の旺盛な愛すべき国民だ。